日本語は難しい、と耳にしたことがある方は多いでしょう。しかし、何がどのくらい難しいのかを正確に知っている人は、意外と少ないものです。
アメリカ国務省(FSI)は、日本語を英語話者にとって最高難度の言語(カテゴリー4・約2,200時間)に指定しています。ただし、難しさには種類があります。全てが同じように難しいわけではありません。
どこが難しくて、どこは実はシンプルなのか。その全体像を知ることが、日本でエンジニアとして働く上での最初の一歩になります。
- 日本語の難易度を発音・文法・文字の3つの視点で理解できる
- 外国籍エンジニアが職場で直面する具体的な言語の壁がわかる
- 職場での日本語コミュニケーションに今日から使える実践対策がわかる
1. 日本語が難しいのは本当か?世界が認める客観的な難易度

「なんとなく難しそう」という印象は、実は公的なデータで裏付けられています。難しさは感覚論ではなく、世界的な機関が数字で示した事実です。
ここでは、その根拠と、それでも学習者が増え続けている現実を見ていきます。
アメリカ国務省(FSI)が日本語を「最高難度」に認定した理由
米国国務省傘下のFSI(Foreign Service Institute:外交官のための語学研修機関)は、英語を母語とするアメリカ外交官が各言語を仕事で使えるレベルまで習得するのにかかる時間を調査・分類しています。
その分類で、日本語はカテゴリー4、最高難度グループに位置付けられており、習得にかかる期間は88週・約2,200時間とされています。
同じカテゴリー4に入っているのは、中国語(北京語・広東語)・韓国語・アラビア語のみです。スペイン語やフランス語などが600〜750時間程度で習得できるのと比べると、日本語にどれだけ時間がかかるかがよくわかります。
(出典:U.S. Department of State – Foreign Language Training)
国内の日本語学習者数は10年で急増している
難しい言語であるにもかかわらず、日本語を学ぶ人の数は増え続けています。文部科学省「令和5年度日本語教育実態調査」によると、国内の日本語学習者数は263,170人、教師数は46,257人に達しています。
平成2年(1990年)と比べると、学習者数は約4.3倍、教師数は約5.6倍という大きな伸びです。
難しさがわかっていても、学ぼうとする人が世界中で増え続けている。それだけ、日本語を身につける先に価値があるということでしょう。
(出典:文部科学省「令和5年度日本語教育実態調査」 )
2. 日本語が難しいのは「全部」ではない|発音・文法・文字の難易度を仕分ける

「日本語=全部難しい」と思い込んでいる方は多いですが、実際には領域によって難易度が大きく違います。
発音と文法は意外なほど学びやすく、難しいのは主に文字と語彙です。どこが難しくてどこが簡単なのかを整理しておくと、学習のゴールが見えてきます。
発音は世界最易レベル|母音5・子音17という驚くべきシンプルさ
日本語の発音は、世界の言語の中でもトップクラスにシンプルです。母音は5つ、子音は17種類しかありません。
英語の母音が12〜14種類、子音が24種類あるのと比べると、その少なさがよくわかります。英語には「th」「v」「r/l」のような日本語にない音がありますが、日本語にはそういった難しい音がほぼありません。
発音のルールを一度覚えてしまえば、あとは安定して使えます。国立国語研究所の解説でも、日本語の発音は規則性が高く例外が少ないとされています。多くの外国語話者にとって、発音は最初に自信がつきやすい部分です。
(出典:国立国語研究所 ことば研究館)
文法は格変化なし・語順も柔軟|ヨーロッパ言語より実はシンプル
文法面でも、日本語はかなりシンプルな部分があります。
ロシア語やドイツ語には「名詞の性(男性・女性・中性)」「格変化(主格・属格・対格など)」「人称による動詞の変化」がありますが、日本語にはこれらがありません。
日本語では、名詞の後ろに助詞(は・が・を・に・で・へ)をつけるだけで文中の役割を表せます。
語順もSOV型(主語→目的語→動詞)が基本ですが、助詞があることで順番を変えても意味が通じます。文法だけを見ると、多くのヨーロッパ言語よりも覚えることが少ないといえます。
文字・語彙は世界最高難度|4種文字の混用と2,100字超の漢字
一方、文字と語彙は世界でもトップクラスに難しい領域です。日本語の文章には、ひらがな・カタカナ・漢字・ローマ字という4種類の文字が混在します。
英語などアルファベット系の言語は26〜30文字を覚えれば全ての単語を書けますが、日本語ではひらがな46文字・カタカナ46文字に加えて、常用漢字だけで2,136字の習得が必要です。
さらに、1つの漢字に複数の読み方があるのも大きなハードルです。たとえば「日」だけで「にち(日曜)」「じつ(翌日)」「ひ(日差し)」「か(一日)」と読み方が変わります。
「生」に至っては「せい(生命)」「しょう(一生)」「い(生きる)」「き(生真面目)」「う(生まれる)」「は(生やす)」「なま(生ビール)」など、非常に多くの読み方が存在します。
語彙を覚える大変さは、他の言語と比べてもかなり高いレベルにあります。
3. 日本語が難しいと感じる職場の場面|外国籍エンジニアが直面する5つの壁
日本語 5つの難関
Office Language Quest敬語の罠
消える主語
謎の大丈夫
オノマトペ
和製英語
どこでつまづきやすいかを知る。
それが、国境を越えた最高のチームプレイの始まり!
教科書で学ぶ日本語と、実際の職場で使う日本語はまた別物です。
ここでは、外国籍エンジニアが職場でとくに「難しい」と感じやすい5つの場面を紹介します。日本人エンジニアにとっても、外国籍の同僚がどこで困りやすいかを知るヒントになるはずです。
敬語の使い分けで相手との関係性が変わる
日本語の敬語には、次の3種類があります。
敬語の3種類と「来る」を例にした使い分け
敬語の3種類と「来る」を例にした使い分け
種類
尊敬語
使う場面
相手の行動を高めて表現する
「来る」の場合
いらっしゃる
種類
謙譲語
使う場面
自分の行動をへりくだって表現する
「来る」の場合
うかがう
種類
丁寧語
使う場面
丁寧に表現する
「来る」の場合
来ます
さらに、社内の上下関係だけでなく「内(社内)」と「外(取引先・お客様)」でも使い分けが必要です。
社内では尊敬する上司でも、取引先の方に話す際は「部長の田中が申しておりました」と謙譲語で表現するのが正しい形です。敬語を間違えると、意図せず相手に失礼な印象を与えることがあり、ビジネス上の信頼にも関わります。
主語が省略され、文脈を読まないと意味がわからない
日本語では、話し手と聞き手が同じ状況・関係性を共有していることを前提に、主語や目的語がよく省略されます。
たとえば「今晩、どう?」という一言は、文脈によって「飲みに行かない?」にも「今晩の進捗確認はどうする?」にも解釈できます。「もう大丈夫です」も、「助かりました」という意味と「もう結構です」という意味の両方に使われます。
文法的に正しい文が作れても、誰が主語で何について話しているのかが読み取れないと会話は成立しません。「文法は合っているのに意味が取れない」という状況が起きるのは、こうした日本語の特性が原因です。
「大丈夫です」「善処します」など同じ言葉が複数の意味を持つ
日本語には、肯定とも否定とも取れる表現が多くあります。たとえば「大丈夫ですか?」と聞かれて「大丈夫です」と返ってきたとき、「問題ありません」なのか「いいえ、結構です」なのかは文脈やトーンによって変わります。
これはネイティブの日本語話者でも混乱することがあるほどです。
また、「善処します」は字面では「適切に対応します」という意味ですが、日本のビジネスの場では「とりあえずそう言っておく」というニュアンスで使われることが多く、実際には何も進まないケースがあります。
こうした表現の多義性が、職場でのトラブルにつながることは少なくありません。
同音異義語とオノマトペが日常会話と文書読解を難しくする
日本語には、音が同じで意味が違う「同音異義語」がたくさんあります。「機会(チャンス)」と「機械(マシン)」、「意志(気持ち)」と「医師(ドクター)」などは、話し言葉では区別がつかず、文脈で判断するしかありません。
加えて、日本語には擬音語・擬態語(オノマトペ)が4,000〜5,000語あるといわれています。
「ふわっとした説明」「キビキビした対応」「ぐだぐだな打ち合わせ」といった表現が職場の会話にも自然に登場します。
職場でよく登場するオノマトペの例
職場でよく登場するオノマトペの例
ふわっとした
漠然としていて具体性がない
キビキビした
動作や対応が機敏ではっきりしている
ぐだぐだな
だらしなく締まりがない
しっかりした
確実で信頼できる
うろうろしている
迷って目的なく動き回っている
オノマトペは辞書に載っていないものも多く、書き言葉に出てきたときに意味がわからず困る、というケースが起きやすいです。
和製英語が「知っているはずの英語単語」を罠にする
日本では英語由来の言葉が多く使われていますが、元の英語とは意味が違う「和製英語」として定着しているものが多くあります。
英語が得意なほど「知っている単語だ」と思い込んで、逆に混乱しやすいのが特徴です。
外国籍エンジニアが混乱しやすい和製英語の例
外国籍エンジニアが混乱しやすい和製英語の例
エンジニアの職場でも「プレゼン資料」「クレーム対応」「サービス残業」といった表現は日常的に使われます。英語力があればあるほど引っかかりやすい——それが和製英語の難しさです。
4. 日本語が難しいのは外国籍の人だけではない|文化庁調査が示す国語の実態

実は、日本語ネイティブの日本人でさえ、日本語を難しいと感じています。政府の公式調査でも、敬語や改まった場での言葉遣いに苦手意識を持つ人が多いことが明らかになっています。
この事実を知っておくと、気持ちがずいぶん楽になるはずです。
日本人の6割以上が「改まった場での言葉遣いができない」と感じている
文化庁の「令和3年度 国語に関する世論調査」では、日本人が自分の言葉遣いについてどう感じているかが数字で示されています。
文化庁調査:日本人が感じる国語の課題(令和3年度)
文化庁調査:日本人が感じる国語の課題(令和3年度)
日本人の約6割が「改まった場で適切な言葉遣いができない」と感じており、約半数が「敬語をうまく使えない」と自覚しています。
敬語は、母語話者でも意識して学ばないと身につかない難しさがあるのです。外国籍エンジニアが敬語を難しいと感じるのは、決して珍しいことではありません。
(出典:文化庁「令和3年度 国語に関する世論調査」 )
外国籍住民の93.7%が「日本語の書類を読めなかった経験がある」
東京都生活文化スポーツ局が2022年に実施した「多文化共生社会に向けたコミュニケーション等に関する実態調査」では、日本在住の外国籍住民が日本語の書類でどれだけ困っているかが明らかになっています。
外国籍住民の日本語書類に関する実態(2022年調査)
外国籍住民の日本語書類に関する実態(2022年調査)
93.7%という数字は、日本語の書類が読みにくいと感じることが、外国籍住民にとって当たり前の経験であることを示しています。
一方で、「ふりがなをつける」「ゆっくり話す」といったシンプルな工夫で、状況が大きく改善することもわかります。日本語の難しさは個人の能力の問題だけではなく、書き方や伝え方の問題でもあるといえます。
(出典:東京都生活文化スポーツ局「多文化共生社会に向けたコミュニケーション等に関する実態調査」 )
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5. 日本語が難しい職場でも伝わる|外国籍エンジニアが今日から使えるコミュニケーション対策
伝わる、つながる。
今日からの工夫。
話す・聞く
読む・書く
空気を解読
やさしい職場
日本語を完璧に習得してからでないと職場でやっていけない、ということはありません。
少し工夫するだけで、誤解や行き違いをかなり減らすことができます。今日からすぐに使えるコミュニケーションのヒントを紹介します。
話す・聞く:短文で区切り、YESかNOを明確にする
話すときは「1文に1メッセージ」を意識するのが効果的です。日本語の長い文は情報が絡み合いやすく、主語や結論がわかりにくくなりがちです。短く区切るだけで、伝わりやすさが大きく変わります。
話す・聞く場面での実践ポイント
- 「大丈夫ですか?」ではなく「できますか?はいかいいえで答えてください」のように、答え方を指定して聞く
- 返答が曖昧だと感じたら「つまり、〇〇ということでしょうか?」と確認の一言を加える
- 自分が話すときも、結論を先に言ってから理由を添える「結論ファースト」を意識する
これらの工夫は、外国籍エンジニア本人だけでなく、日本人の同僚が実践してもコミュニケーションの質が上がります。
読む・書く:ふりがなとルビを積極的に活用する
業務文書の読みやすさを上げるには、ふりがな(ルビ)の活用が手軽で効果的です。Wordにはルビ機能が標準で入っており、難しい漢字熟語に読み仮名をつけるのは難しくありません。
読む・書く場面での実践ポイント
- 日本人の同僚に、初めて出てくる専門用語には英語訳を括弧でつけてもらうよう頼む(例:「仕様書(specification)」)
- Wordのルビ機能やGoogle ドキュメントのコメントを使い、難しい漢字にふりがなをつける
- 語彙力の目安として、日本語能力試験(JLPT)N3レベルが職場で使える最初のラインになる
N3レベルの語彙があれば、一般的なビジネス文書の多くをカバーできるといわれています。まずここを目標にするのが現実的です。
文化を理解する:「空気を読む」文化の仕組みを知っておく
日本語の「空気を読む」という感覚は、言葉だけで全てを伝えない文化から来ています。表情・声のトーン・その場の雰囲気なども含めて意図を伝え合うのが日本のコミュニケーションの特徴です。
「なぜそういう言い方をするのか」という背景を知っておくだけで、誤解がぐっと減ります。
「空気を読む」文化への対処ポイント
- 相手の意図がわからないとき、確認することは失礼ではありません。「念のため確認させてください」と一言添えるとスムーズです
- 「少し難しいですね」「検討します」は、多くの場合、断りの意味を含みます。ストレートな「NO」の代わりに使われると覚えておきましょう
- 日本人の同僚に「はっきり言ってほしい」と事前に伝えておくことも、誤解を防ぐシンプルで効果的な方法です
職場環境を選ぶ際に外国籍エンジニアが確認したいポイント
個人がどれだけ努力しても、職場の受け入れ体制が整っていなければ長続きしにくいものです。転職・就職先を選ぶときは、以下のポイントをチェックしておくと安心です。
求人・職場選びの確認事項
- 多国籍チームの実績があるか(すでに外国籍メンバーが活躍していれば、受け入れのノウハウがある可能性が高い)
- 英語で質問・確認ができる環境かどうか(全面英語対応でなくても、英語のやりとりが許容されるかを確認する)
- 入社後のオンボーディング(受け入れ)プログラムが整っているか
求人情報でチェックすべきキーワード
- 「外国籍歓迎」「外国籍活躍中」
- 「英語使用可」「英語OKな環境」
- 「グローバルチーム」「多国籍チーム」
- 「やさしい日本語対応」「日本語サポートあり」
「やさしい日本語(Plain Japanese)」を意識している職場かどうかは、働きやすさや定着しやすさに直結します。
難しい漢字だらけの社内文書が当たり前の職場と、ふりがなや英語表記を積極的に使う職場では、日々のストレスがかなり違ってきます。
6. まとめ|日本語の難しいポイントを正しく知ることが職場での第一歩

日本語は、領域によって難易度が大きく異なります。発音と基礎文法は比較的早く身につき、文字・語彙・敬語が長く取り組む必要がある核心です。
FSIの「2,200時間」という数字に怖気づく必要はありません。職場で必要な日本語は、日常会話全体ではなく業務に必要な範囲に絞られます。
難しさの全体像をつかんだ上で、日本でのエンジニアキャリアに前向きに踏み出してみてください。
